大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(行ウ)125号 判決

東京都千代田区麹町三丁目四番地

原告

中川隆之

右同所

原告

小坂由美

横浜市青葉区あざみ野三丁目三〇番三号

原告

中川博之

東京都千代田区麹町三丁目四番地

原告

中川正司

右四名訴訟代理人弁護士

黒崎辰郎

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被告

麹町税務署長 鈴木宏昌

右指定代理人

植垣勝裕

渡辺進

櫻井和彦

河村康之

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告らに対し平成五年六月三日付けでした更正をすべき理由がない旨の各通知を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡中川キミ子は、平成三年七月八日死亡し、その子である原告ら四名及び夫である訴外中川敏夫(以下「敏夫」という。)が同人の遺産(以下「本件遺産」という。)を相続した。

2  右相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)につき、原告ら(及び敏夫)は、法定の期限内である平成四年一月七日、別表「課税の経緯」の〈1〉欄記載のとおりそれぞれ申告した(以下「本件申告」という。)が、その際、原告ら(及び敏夫)は、本件遺産のうち東京都新宿区四谷四丁目三番二及び三〇の宅地(面積合計一五五・七五平方メートル、以下「四谷土地」という。)を租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。以下、「法」という。)六九条の三による小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「本件特例」という。)の対象宅地に選択して申告した。

3  その後、原告らは、平成四年四月二四日、本件遺産のうち東京都港区南青山二丁目五二七番、五三〇番、五三一番及び五三三番の宅地(面積合計七〇・七八平方メートル相当、以下「南青山土地」という。)も本件特例の適用を受けられる宅地に該当するとして、本件特例の対象宅地を、右南青山土地及び四谷土地のうち一二九・二二平方メートル(合計二〇〇平方メートル)に変更し、その結果、本件申告に基づく課税価格及び納付すべき税額が過大になるとして、別表「課税の経緯」の〈2〉欄記載のとおりそれぞれ更正の請求をした(以下「本件構成の請求という。)。

4  これに対し、被告は、平成五年六月三日付けで、原告らに対し、更正をすべき理由がない旨の各通知(以下「本件処分」という。)をした。

5  原告らは、平成五年七月一五日、被告に対し、本件処分につき異議申立てをしたが、同年一〇月一三日付けで棄却されたため、同年一一月一〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成七年三月一六日付けで棄却された。

6  しかしながら、本来、南青山土地も本件特例の適用対象宅地に該当するのに、原告らは、本件申告当時、本件特例は四谷土地にしか適用されないものと誤信していたため、本件申告においては、四谷土地のみを本件特例の対象宅地に選択したものであって、右四谷土地を選択した意思表示は、重大な錯誤に基づくもので、無効であり、右錯誤の是正がされないならば原告らの利益を著しく害する特段の事情があるというべきであるから、本件特例の適用を受ける宅地を変更してされた本件更正の請求には理由があり、これを理由がないとした本件処分は違法である。

7  よって、原告らは、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし5の事実は認めるが、同6は争う。

三  被告の主張

1(一)  本件相続税の課税価格

本件相続税の課税価格の合計は、別表1の順号1ないし5記載の各金額の合計(本件遺産の総額)から順号7及び8記載の債務の額を控除した金額一一億六四五九万三〇〇〇円(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項により、相続人ごとに課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた額の合計)である。そのうち、土地の価額の内訳は別表3の1記載のとおりである。

(二)  納付すべき本件相続税の額

原告ら及び敏夫が納付すべき本件相続税の額は、別表1の順号13記載のとおりであり(その算出の経緯は、別表2の1及び2記載のとおりである)、本件申告に係る原告らの納付すべき相続税額は、いずれも右金額の範囲内であるから、本件処分は適法である。

2  原告らは、本件特例の対象宅地として、四谷土地を選択する旨記載した本件申告書を提出し、四谷土地は本件特例の適用対象宅地に該当するのであるから、本件においては、本件特例が適用される宅地は誤りなく選択されていることになるのであり、原告らの本件申告は、通則法二三条一項一号にいう「国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」又は「当該計算に誤りがあったこと」のいずれにも該当しないから、同号に規定する更正の請求ができる場合に当たらないことは明らかであって、本件処分は適法である。

3  申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、通則法等の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されないものであるが、原告らは、本件申告に際し、南青山土地についても本件特例の適用があるかどうかを検討した上、仮に適用がない場合の危険を考慮して、四谷土地を対象宅地として選択し、申告したものであるから、原告らの本件申告書の記載には客観的に明白かつ重大な錯誤はもとより、そもそも錯誤自体が存在していないというべきである。

4  仮に、原告ら主張のような錯誤があって、本件特例に関する原告らの選択が無効であるとすると、本件申告書には、本件特例に関する選択がなされていないことになり、結局、本件特例の適用を受けるための要件を欠くのであって、本件更正の請求は認められない(なお、法六九条の三第四項によって税務署長が本件特例の適用を認める余地があるとしても、そのためには、申告時に本件特例の適用を受けるための所定の要件を欠いたことにつき「やむを得ない事情」がなければならないところ、原告らが南青山土地を選択しなかったのは、仮に南青山土地を選択した場合に更正処分を受け加算税を負担しなければならないことを考慮したためであり、このような単なる個人的な事情は、右「やむを得ない事情」に該当しない。)。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)のうち、別表1の順号2ないし5(土地以外の本件遺産の価額)、7及び8(債務の額)の各金額は認めるが、順号1(土地の価額)の金額は争う。ただし、四谷土地について本件特例を適用し、南青山土地について本件特例を適用しないとして算出された右各土地の価額及びその他の土地の価額が、別表3の1の順号1ないし3記載のとおりであり、その合計額が別表1の順号1(土地の価額)記載のとおりであることは認める。

2  同1の(二)については、四谷土地について本件特例を適用し、南青山土地について本件特例を適用しないとした場合の原告らの納付すべき相続税額が、被告主張のとおりであることは認める。

3  同2ないし4は争う。

原告ら及び税理士は、本件申告をするにあたり、平成三年八月ころから、麹町税務署に数度赴き、本件特例が適用される土地について相談したが、同署の担当者は、南青山土地については、本件特例の適用に関する基準を充たしていないので本件特例が適用されないと述べ、また、原告らが相談した弁護士も、南青山土地に本件特例が適用されるかどうかにつき明確な結論が出せなかったことから、原告らは、本件特例の適用を受けられるのは四谷土地のみであると判断し、申告したもので、本件特例がいずれの土地にも適用されるとの前提で、四谷土地を選択したものではなく、本件は選択の判断の誤りではない。仮に、本件申告当時、南青山土地にも本件特例が適用されると知っていたならば、約一億円の相続税を軽減することができる南青山土地を申告していたことは当然である。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

二  本件特例は、相続税の申告書に本件特例を受けようとする旨を記載し、当該二〇〇平方メートルまでの部分として選択をしようとする当該宅地等の明細を記載した書類等を添付する場合に限り、適用されるものとされており(法六九条の三第三項、法施行規則二三条の二第五項)、相続に係る適用対象宅地等のうちどの土地について本件特例の適用を受けるかは、専ら相続税の申告時における納税者の自由な選択に委ねられているのであるから、本件のように、納税者が特定の宅地を選択して本件特例の適用を受ける旨申告した後に、その選択を誤っていたために納付すべき税額が多額になったことを理由として、通則法二三条一項一号に基づく更正の請求をすることができるかどうかは、問題の存するところであるが、その点はさておき、まず、原告らの主張する錯誤の有無について検討することとする。

三  原本の存在と成立に争いのない甲第二号証の一、乙第四号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲第一八号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、〈1〉原告ら及び敏夫は、本件申告に際し、税理士及び弁護士を交えて、南青山土地を本件特例の対象宅地として申告すべきかどうかについて検討したが、各自の意見に相違があり、また、麹町税務署などと相談した結果も踏まえ、結局、南青山土地を選択して申告した場合に、課税庁の見解と異なると、過少申告加算税が賦課されるおそれがあるなどの点を考慮し、四谷土地のみを本件特例の対象宅地として申告をしたこと、〈2〉原告ら及び敏夫は、本件申告書の提出とともに、右弁護士を代理人として、被告に対し、右の事情を述べた上、本件特例の適用を受ける土地は南青山土地を第一順位とするのが適正であると判断する旨主張して、本件申告につき、本件特例の対象宅地の誤りを理由に更正決定をすることを求める旨の上申書を提出したこと、〈3〉また、本件申告に携わった渡辺冨弥税理士も、本件申告書の提出に際し、南青山土地が本件特例の適用対象宅地に該当すると思うが、関係者の見解の一致に至らないまま申告期限が到来したため、加算税等の問題を考え、一応申告した上で、被告の理解と判断を待つのが得策であるとして、本件申告をしたものである旨の被告あて上申書を提出していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告らは、本件申告に際し、南青山土地につき本件特例の適用があるかどうかを検討した上で、同土地に適用があるとするのが適正であると考えるものの、仮にその適用を受けられない場合に過少申告加算税を賦課されることなどの危険を回避するため、結局、本件特例の適用が確実である四谷土地のみを選択して本件申告をしたものであるから、その間に原告らが主張するような錯誤があったということはできないといわざるを得ない。

四  そうすると、本件特例の対象宅地の選択に錯誤があったことを理由に、納付すべき税額が過大となっているとする原告らの主張は、その前提を欠き、その余の点について検討するまでもなく、失当とすべきである。

そして、本件相続税について、四谷土地につき本件特例を適用し、南青山土地につき本件特例を適用しないとした場合の課税価格及び原告らの納付すべき相続税額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないから、原告らの本件更正の請求に対し、更正すべき理由がないとした本件処分は適法であるということができる。

五  以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

別表

課税の経緯

〈省略〉

別表1

課税価格等の計算明細表

〈省略〉

別表2の1

相続税額算出表

〈省略〉

別表2の2

配偶者の税額軽減額の計算明細書

〈省略〉

別表3の1

土地の内訳

〈省略〉

別表3の2

小規模宅地等の特例の金額の計算明細

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例